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2008年4月 8日 (火)

曖昧さ

 事実を事実のままに書こうとすると曖昧な事実ということに気付く。瞬間瞬間に周りの全ての現実を認識しないまま生きているからだし、それも不可能。つまり私の意識は自分に必要な情報だけ意識しつつ流れている。これもあくまで意識しつつ、意識しながら、であるから後で思い返して事実として記録しようとしても曖昧な部分が沢山出てくる。逆に小説という端から事実に基かない創作には曖昧な部分がない。今朝見た夢を思い出そうとして布団の中でそう思いながら今出て来たところ。---とても大きな門をひとり入っていくとそこは豪農の館で、入口では植物が売っている。ウツボなんとかだという背の低い(10cmくらい)山野草。1鉢300円と廉価だから出る時に買おうと思うのと、どうせ枯らしてしまうからという気持ちと同時に起こる。塀に沿って沢山の花が咲いている。オダマキやその他にも珍しい花、見慣れてはいるが花期の短い花もあり、今撮っておかないと次はまたいつになるか、写真に撮っておこうと思う。でもカメラは前に居た場所に置いてきたことを思い出す。前から来た二人連れがさっき門のところで売っていたウツボなんとかがこの頃邸内で盗掘されているというようなことを話題にしている。そういえば僕も掘られた跡を見たことがあると思っていると高校の時の担任T先生似の男ががやってきてこの豪農について解説する。どうもここのガイドらしいがどこか胡散臭い感じもする。ちょっと彼と会話してからカメラを取りに戻ることにするが、その前にウツボなんとかを買っておこうか迷うが買わないで門を出る。この夢の前後もかなり覚えているが表現しづらい。ただ夢としては確かに存在していたが、表現しずらい事象であることと表現しようとすると細部が曖昧であることに気付くのである。豪邸の中のこともかなり省略していて、例えば担任T先生似の男は最初長い竹の半分が曲がって折れて、その部分で地面を均すような変な道具を持って登場するし、彼の豪邸の説明も変だったがーーー

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