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2009年2月27日 (金)

人間似の狸を私らは毎日ひく

 年に何度かは見る狸の死骸、今年は雪解けが早いためか、二月下旬の昨日見た。前の車の下から突然現われた黒い塊はまだ生きているもののように夕闇の中に目を光らせた。
 路上の狸の死骸を見ていつも思うのは、ここが人間中心の世界だということ。もし、この死骸が人間なら大騒ぎだろう。救急車、警察、マスコミ、野次馬で通行もままならなくなっているはず。もしこの地球が狸の天下だったら、狸をひいた人間は人をかみ殺した犬のように裁判も無く死刑だから、びくびくして日々を送ることになる。人間中心の社会だからこそ「来る時狸ひいちゃってさあ」「あらいやだ、車傷ついてない?」「大丈夫だろ、タイヤでひいたんだから」「でも、見てきなさいよ。血でもついてたら気持ち悪いから、水で流しておいてよ」程度の会話で終わり。家に着く頃には忘れる人間もいるだろう。
 中崎タツヤの漫画に、やはりこういうことを描いたのがあって、今ひいたのが人間か狸か、助手席の男が車を降りて確認に行くというシーンがある。「どうだった、人間?、それとも狸?」「狸似の人間だった」「ああ、だめじゃん」。これ、人間似の狸だったら彼らは笑顔で旅を続けたのだったが。

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