感傷的
私が中学三年の冬、父は出稼ぎに行かず郵便配達をした。雪道を歩いて学校に配達に来た父を級友が見つけ冷やかされたことと、もうひとつ覚えているのは父から聞いた話。Kという、この村でも山奥の集落に配達に回った時、やっと家から外に出てきたようなおばあさんに呼び止められたそうだ。彼女はこれを送ってほしいと言って一通の手紙とみかんをひとつ、拝むように差し出した。もちろん父は快く受け取ったが、礼のつもりでくれたみかんは彼女の手が汚らしかったのでとても食べる気がせず川に捨てたと言っていた。だれに宛てた、どういう内容の手紙だったのか、僕はそれからずっと考えている。父が郵便配達をしたのはこの年だけで、翌年からまた冬になると関東か名古屋の方に出稼ぎに出た。そしてその後何年かして堆朱工芸の下地作りの仕事を始めた。初めは人に使われていたが、結局その機械を買い取って自分でやることになり、それが農業の副業として二十五年くらい続いた。出稼ぎは嫌だとよく言っていたと母から聞いたことがある。出稼ぎほどは金にはならなかったのだろうが、農作業の合間合間と農閑期には早朝から機械を動かしていた。その仕事もやめて何年になるだろう。作業場の片隅には処分しなかった機械が二台か三台残っていて、時々感傷的な気持ちにさせる。休みの日によく配達や集金を頼まれた、あの頃がこの家の幸せな時期だったのかもと。
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