西瓜
家事は不得手だった母だが、ミシンや笹取りなどの内職と、畑仕事だけは熱心だった。お金はいくら稼いでも腐ることはないが、料理べた(料理知らずとか、料理嫌いというべきか)だから、作った野菜が消費できないで、無駄になることが多かった。手間ひま惜しまず作り、収穫したあと、吊るしたりくるんだりして保存にも余念がなかったが、その多くは翌春まで使われずに腐って、父も私も度々揶揄した。
そのことを気にしているのか、西瓜の苗を明日の朝には植えないといけないと、この頃うわ言のように言う傍ら、何個ぐらい人にやるのかと必ず聞くようになった。人にやっても追いつかない西瓜が車庫の奥で腐っていく光景を思い浮かべているのかもしれない。
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