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2009年8月 6日 (木)

嫌な事だけ思い出す

 「じぇんねえ、じぇんねえ」と母は口癖のように言い、そのため子供らしからぬ遠慮もしたのだろう、僕は絵の具とか筆とかを戸外で持ち歩くためのプラスティックの箱が無かったし、妹は習字セットが無かった。人並みの物が無いのは子供にとっては辛いことだ。確かに他所以上に金は無かったのだと思う。それは家を新築したせいだ。僕が小学校六年の時のことだから、その前後の数年間は余裕など一切無かったのだろう。その後、高校の時も金銭的には良い思い出はない。僕が東京に出て、その仕送りのため家計はまた苦しくなり、そのしわよせは妹にいったのかもしれない。
 家を新しく作ることは母にとって舅姑の管理下からの脱出みたいな部分があったのだと思う。そのため躍起になって働いた。勝気な母はよく言い争いをしていた。続く。

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