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2009年9月28日 (月)

熊を見る

 白神山地十二湖の一角、ボート乗り場の脇の檻の中に一頭の熊が横たわっていた。素手なら不利だがピッケルのような道具があれば対等に渡り合えると、普段頭の中では想定していたが、実物を見ると、どうも逃げるか、会わないのが一番だと思う。その夜テントの中で見た夢。
 林に囲まれた広場。S先生がその外れにいて、背後の林に熊の気配。私は大きい声で先生に逃げるように言うが、耳の遠い先生には聞こえない。石を投げて先生の注意を引こうともするが。場面は自宅に。奥座敷に母が寝ている。。最初母だと気付かなかったのは洗濯籠のような物を頭に被っていたからで、その脇に寝ている父がしたことらしい。母に気遣い周りに気遣いしたことだと、理由は分からないがそう思う。外に熊、池の方から表の方へ歩いていく。このまま過ぎ去ってくれればいいがと思うが、危惧したとおり家の中の犬(名はクマ)が吠える。すると熊は庭の棕櫚の先端の葉を食いちぎる。この時点で熊はなにか恐ろしく背の高い他の生き物に変わっている。その動物が家の中に入ってきた時には黒い牛になっていて、私とのやり取りの中で、喉を切れば死ぬから殺してくれと言う。私は包丁を持ってきてその通りにしようとするが、喉の皮はふにゃふにゃ、軟らか過ぎて切れない。第三の人間が出てきてその牛とやり取り。そうこうしているうちに、茶の間で父が倒れる。父は子供のように小さくなり、薄べったく痩せて、手足を曲げた状態で横たわっている。その体を抱いて、死んだもののように私は号泣する。目が覚めるとまだ12時だったが、騒がしかったテントの周りは寝静まっている。ただ、ひとつ離れたテントから熊のような鼾。そう比喩したくなるような豪快な音だが、実際の熊は、熊に限らず野生の動物は、寝ている時が一番無防備になるので、自分の在所が分かるような鼾はかかないだろう。
 愛おしめば愛おしむほど儚く過ぎていくのは時間だけではない。いっそ無頓着になろうとしても悔いることは同じ。その気持ちだけは大事だということらしい。

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