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2009年10月27日 (火)

池のいざらいをする

Cimg1125_2 川や池の底に溜まった石やゴミを取り去ることをいざらいとこの地域では云う。「江浚う」の意味だが「えざらい」でも「いざらい」でも広辞苑にはない。方言のようだ。用水路のいざらいのことは前に書いたが、父に頼まれて池のいざらいをした。水路から池に入る水を止めポンプで池の水を出しながら鯉をタモですくい出す。かなり大きい鯉が11匹、うち錦鯉二匹。父は正確にこの数を把握していた。ゴミと砂利をスコップですくい出しながら水の引くのを待つと四角い木枠で囲まれた部分が見えてくる。鯉が冬を越す池の深場。ここに溜まった砂を出すのが一番の目的。何年もしていないということでかなりの量が堆積していた(写真右上)。浚った土砂は父がトラクターで片づけるだろう。池に渡した二本の鉄管の上に木材を並べれば池の冬支度は完了する。この池はこれも前に書いたと思うが、この家を建てた翌年ぐらいに掘ったもの。だから四十年も前だ。祖父と父が掘っている姿が微かに記憶にある。私の部屋からこの池が見下ろせ、餌をやる祖父の姿、そして父の姿を折々見てきた。高校生の頃女川から捕ってきたウグイを放し、そのうちの一匹は僕が東京から戻って、またこの部屋で暮らすようになった三十三歳の時にも生きていた。ウグイしては超大物に成長していたが、鯉の群れの中ではひよっこ。けれども種別を越え体の大きさに関係なく仲良く暮らしているように見えた。そのウグイを見なくなったのはいつからだろう。四十を過ぎた頃にはまだいたと思うが。

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