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2009年12月20日 (日)

もう6年と2カ月になる。

 なんの用事で出たのかスーツを着てパチンコ屋にいる。久しぶりのパチンコで罪悪感のようなものを感じながら、一番隅の平台のコーナー(専門的には島という)の一番端に座っている。背中の方で歓声が上がり振り返ると特殊なリーチが掛かっている。そこは今まで自分がやっていた台で、回した回数を見ると百何回。なにか目論見があって座ったろうにすぐやめたようだった。自分がやっていた時は全く掛からなかったリーチが人が替わった途端一発で掛かって、しかも特殊、大当たりになるのかはらはらした気持ちを抑えて姿勢を戻すと、その後歓声は続かないから、外れたようだ。ところがまたすぐ歓声、見るとまたリーチだが、隣の人の反応からすると凡庸なリーチで当たる確率が低そうなので安心する。ただ、この時、昨日その台は沢山出て、ずっとどん底だったから、まだまだ好調を維持すると思って選んだことを思い出し、これから出だすのではと後悔の気持ちが起きる。店はかなり混んできて、私の台と私の間を通っていく人もいる(現実には不可能)。上皿に玉が無くなり、どうしようか、もう帰るかと思いながら財布を出して百円玉を探す。百円玉は結構あって、一枚入れようとすると、その手を抑える者があって父だった。妹が帰ってきたのでどこかへ三人で行かないかというようなことを言う。そこで目が覚めた。パチンコはやめてもう六年になる。その間したのはAMが遊びに来た二日間だけ。つまりこの六年で一度しか彼は来ていないことになる。今ひとりでパチンコ屋に入ったらやはり罪悪感めいたものを感じるだろう。自分が今までやっていた台が出始めるのも(専門用語でおかまをほられるという)パチンコをしている人間にとって嫌ことだが、その気持ちは現実のようにリアルだった。財布から百円玉を探すというのは、先ず百円でできた時代がだいぶ昔だ。それに人前で百円硬貨を財布から出すというのも自分は惨めな感じがしてできそうもないことなのだが。父が呼びに来るというのも非現実的で面白い。ただ、妹と三人でというのが、現実的。母が寝たきりで動けないことだけは現在の状況を踏まえているのが面白い。

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