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2010年3月16日 (火)

エンゲル係数の盲点

 一日千円で何を食べるのだろう、と父は母に言ったそうである。普通で考えればろくな物が食べられないという意味になりそうだが、この場合は逆でどんな物でも食べられるという意味合いの言葉なのだ。これは私が東京に出た頃の我が家の家計や食生活をある意味端的に表している。私が浪人を始めた年から大学を卒業するまでの10年間、ひと月の仕送りは4万円だった。アパート代と光熱費で一万、そして食費が一日千円で3万円と私が計算した額だが、かなり遠慮も入っていたと思う。当時の仕送りの平均はこの倍くらいではなかったか。けれども米は送ってもらい自炊を前提にして考えると、昼だけは外食をしても大体こんな数字になる。なにか必要なものがあれば食費を切り詰めるということになるが、自分で自由になる金があるということ自体が自由の象徴みたいなものだった。一日千円で父が驚くのは私の家がいかに貧しい食生活であったかということで、母の料理下手というのもあるが、夜のおかずは大概魚で、魚がない時は缶詰だった。鯖の缶詰を二つ私が走って買いに行き、それを家族六人で分けて夕食のおかずなのだから、多分百円とかかっていない。もちろん農家だから米だけは不自由しなかったけれど、食費はたいして掛からないのが我が家の家計で、これはエンゲル係数の盲点だろう。食事というのがなにかおいしいものを食べて楽しむというものでなく、働くためのエネルギーを得るという感覚だったのだろうと思う。 しかしまあ、バイトをしなかった浪人の時は金も掛からなかったし、大学に入ってからは一晩六千円になる夜警を週二回六年半続けて月四万円になったから人並みに生活できた。
 私は折々思いどこかにも書いたが、私が今の体格に成れたのは四年生から始まった給食のお蔭だと思っている。母の作る、あの人目を忍ぶ弁当が育ち盛りの義務教育期間中、中学三年まで続いていたら多分人並みには成長しなかった。

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