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2010年9月21日 (火)

これもまた逆説

 二泊三日で火打、妙高と登る。二日目の日曜は雨の予報で覚悟はしていたが、晴れ。下山の三日目は夜中からテントを雨が打ったが、雨の続くこの頃の、たった二日続いた晴れの日に登山をできた幸運は、家の中で大発生した小さな蛾を、殺さずにタモで捕って出してやった報いだろう。まあ、そうしておこう。で、「山道を登りながらこう考えた」と漱石の文章は始まったと思う。「情に棹差せば流される。知に働けば角が立つ。兎角この世は住みにくい」。Nさんは山に登ると世間の事も忘れられると言うが、そう思いたいだけなのだろう。文豪も日常から離れられたわけではなく、最も世俗な私おや、である。ところで、小屋にも沢山の人、狭いテント場もこれ以上張れない程度に一杯になると、余計に世俗っぽくなって、私が人を見る目は山の手線の駅のホームですれ違う人を見るのに等しくなるが、どうもそれは違うと思わせてくれたのは、雨の中を登ってきた夫婦の姿。荒い息遣いで登ってくる彼らに道を開けて待っていて、それから始まった会話の中で、二人の穏やかな印象だけが残った。この雨の中を登るのなら明日は晴れの予報なのかと聞くと、明日も雨で今日ヒュッテまで行って日帰りなのだという。なかなか休みも取れなくて、とも言っていた。八月はどんな山に行ってきたかと聞かれて、湯の平から北股にと言うと、ピンとこない様子だったから、それほど歩いてはいないと様子だったが、自分のできる範囲で山を楽しむ、そんな在り様が感じられた。そういえば昨日も回り道した長助池の湿原で、そこを目的に来たという夫婦にも出会った。百名山程度をピークハンターと言って良いのか分からないが、がつがつと頂だけ目指す人より、無理をせず、歩ける行程の中で山を楽しむ、そういう在り様の方が余裕もあり心豊かでいられるのかもしれない
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妙高の頂から火打と焼山。この景色を見るために失うものはないか、いつも考える、それを謙虚というのかもしれない。上越に住んでいると言っていた。いつか晴れた日に登れることを。

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