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2011年8月 5日 (金)

関門となるくらいまで

 トイレの汚さに花に酔いしれた興も覚めようというものだが、これは白山に限ったことでもない。これが現実、これが山、これが人間そのもの。嫌なら来るな、それだけのことだ。僕なんかはと何度も書いたけれど、山に入れば極力大便はしない。それだけの覚悟を持って山入りする。万が一もよおしても山小屋のトイレなんかは使わないのだ。それがために糞まみれになりそうになったり、実際なったりもしたが、そういうものだと観念している。屈託にまみれた男にも食欲はあり、化粧厚き美女も排泄はする。まあ、人間という括りでは、大差なく、排泄する場所のどうのこうのは、啓介的に言えば「屁をふったような話」。ああむしろ、すべての山の厠は蛆と蠅と糞にまみれて、訪れる人を選べば良い。

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