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2012年1月23日 (月)

理由なら

 理由ならパンにもつくわけだが、もう三週間も走っていない。ひとつは雪下ろし、ひとつは山登り、ひとつは寒いこと。いずれとも今に限ったことでなく、つまり走ることの必要性や危機感をそのまま裏付ける理由の希薄性。薄っぺら理由が同じような理由で否定されるわけだ。今日は走ろうと思いながら道具だけは持っていくのだが、夕方になると延期している。一番近い大会が四月初めというのもモチベーションの上がらない理由だが、今まではそれでも一月に全然走らないなんてことはなかった。そんなモチベーションの低いこの頃、一昨日昨日の週末のことを折々思い出して今日一日を過ごした。どんな生活でもどんな心でも山は清新だ。昂揚した気持ちがないと登れないから徐々に気持ちも張っていく。どんな山でも登って後悔する山はないが、それは今日と同じ。山は努力を強い達成感をその代償に与えてくれるという構図で、今日一日もはそうあるべきなのだが。悪く云えば疑似体験なのだと困難に背を向けて下りてきて昨日を思う。生活で得られないものを登山で得ようとしているのかもしれないと。けれども、全く美しい光兎山の懐に私ひとり、戯れて格闘して、それは独り芝居でもこれから何度も思い出すような楽しくて悔しくて。

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