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2013年5月26日 (日)

耳を疑うの巻(長井葉山)

  長井葉山に最初に来たのは山登りを再開した翌年2003/5/28。この時はまだ朝日連峰の主稜線には登ってなくて、残雪の湿原の向こうに見える大朝日、小朝日の名も知らなかった。それから何度か登ったが、一昨年小林さんらと来たのが最期。その日は結構なラッセルで3時間も歩いて登頂を断念、昼食にした場所が夏道のどこらなのかも興味があった。10年前と同様まだまだ大量の残雪だが、ブヨはこんなに多かったろうか。そして頂上は地元の小学校が学校登山で賑やかだった。小屋の周りに荷物を置いて、近くの小高い山の斜面で尻滑りで遊ぶのが常なのだと言う。そのために各自ビニール袋を持参している。僕も確か初めて来た時にここら辺を周遊して、休憩時に敷くビニールシートでたった一回滑ったのであった。滑りたくなるような小高い山なのだ。子供たちの歓声を後にして奥の院に向かう。そこまで行かないと祝瓶、飯豊が見えないからだ。遅れて着いた二人が歓声を上げて「こんないいところがあったのね」と口を揃えて言う。「えっ、健康登山で来てるけど」「えっ、でもここは通らなかったでしょ」と全く忘れている様子。「いや、ここで昼食にして、集合写真も撮ったよ」「うそ、ほんとにここ、他の場所じゃないの」「いやここだよ、ここで祝瓶をバックにKさんとМさんとF川さんと3人で写真も撮ったよ」。そんな会話を続けたみたものの、どうも腑に落ちない、という様子は変わらない。AKは初めての山に登っても「ここは昔来たことがある」と言い張ってYと口論になること度々だし、KさんやYは来たことのある場所を初めてだと主張する。ん~まあ、いい勝負というか、似たりよったりというか。ただ、僕の記憶も人にあれこれ言えたものではない。ここに戻ってからの山行は大体覚えているけれど、東京にいた頃のことは曖昧で、残っていた写真を手掛かりに思い出そうとしてもはっきりしない。例えば尾白渓谷入口の写真はあるが、甲斐駒ヶ岳に登った記憶は全く失われている。二三泊の荷物を背負っているし、沢でテントを張っている写真もあるから、ここを辿って駒ケ岳に行ったことに間違いはなさそうなのに、全く覚えていない。三十年も前だから、奥の院と程度が違うかもしれないが、似たりったりだとも言える。写真上≫尻滑りをするために斜面に向かう子供たちと先生。後ろに大朝日(中央)と小朝日(右)、右端に半分見えるのは鳥原山。写真2枚目≫2007 9 30 健康登山、奥の院での集合写真、KさんもYもいるが、確かに二人ともひとつも二つも十分でない顔つきだ。
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