東京での山行④涸沢停滞
日記を書いていたわけではないので、おぼろげな記憶を写真が裏付けるだけだ。いつの年だったかはアルバムの順番で判断するから曖昧な部分がある。登った順番はこのアルバムの順番が決め手でもあるし、確かな記憶がある場合もある。前回書いたように、鳳凰に登ったのが北岳のあとだと分かるのはその記憶によるし、今回の涸沢撤退のあとに常念から涸沢まで縦走したという前後関係も、その根拠のおおもとは記憶だ。記憶の確かさを保証しているのは感情だ。「地蔵岳の頂に立った瞬間、前回登った北岳がどーんと目の前にあって感動した」この記憶から前後関係ははっきり分かるが、ここにあるのは確かな感情の記憶だ。「何年か前、涸沢で停滞して引き返したコースを今ようやく逆の方から縦走した達成感」も同じ。
感情の記憶こそ多分、私をここに至らしめたものの本質でもある気がする。
初日か2日目は分からないが、上高地から涸沢までも天気は悪かった。涸沢で幕営、そこからどこに行く計画だったか覚えていないが、大キレットを越えて槍までは行くつもりであったのだろう。その先の予定はなおのこと分からないが、電車で東京まで帰ることを思えば、岐阜側でなく長野側に下りる計画だったのかもしれない。そうすると槍沢を通って上高地に戻るか常念か燕まで行って安曇野に下りるかだろう。
涸沢では雨が続いて逗留せざるを得なかった。2日か3日か、その間に当然食料は減り、何日も雨に打たれるうちにテントの中の寝袋や衣類も濡れてしまって、結局撤退することにした。たったひとつ疑問なのはなぜ稜線のテン場まで行かなかったのかということだ。奥穂にも北穂にもテン場がある。雨はひどくても稜線まで行って回復を待つのが普通のような気がする。穂高から南岳の稜線は風雨なら危ないだろうが、涸沢から奥穂北穂のテン場までならそうでもない。水だろうか。涸沢なら水場はあるが、上では買うことになる。いずれにせよ涸沢で逗留して、ずっと雨で晴れ間もなかったのか写真はほとんど残っていない。テントの写真一枚だけだ。今少ない写真を検証してみて、涸沢までは屏風のコルを通っていることが分かった。横尾経由で屏風岩を回る方が時間的に50分も早いのになぜだろう。展望の良いコースだとはあるが、雨だったはずだ。
写真よりも記憶が少ない中で、良く覚えていることがある。上高地のバス乗り場に向かっている時に、(記憶の印象として)若くて美人の二人連れに声を掛けられた。彼女たちはこれから山に登るところ、それで僕らがどこを登ってきたか参考に聞こうとしたのであろう。残念ながら期待された答えはできなくて、そのことが一層挫折感を強くさせただろう。ところがSさんはしばらくすると「これからまた登り直そう」と言う。確かに昨日までとは打って変わって青空が広がっていたけれど、そして早く帰らなければならないような予定もなかったのだろうけれど、装備も雨に濡れ、なにより食料が十分でなかった。二人組の美貌にほだされたとしか思えない彼の言葉であった。これが彼以外の人間なら「うべなるかな」なのだが、敬虔なクリスチャンでストイック過ぎる若者であったSさんだからびっくりなのだ。でも彼にはそんな無茶なところがなくもなかった。それにその気になれば食糧なんかは上高地でなんとか調達できたのかもしれない。濡れた物は乾かせば良い。そうして再度二人の美貌を追うようにして穂高に向かった方がずっと楽しかったはずなのに、それができなかったのは僕の常識的な判断だったのかもしれない。①新村橋。標識からして梓川右岸のはずだが、今の昭文社の地図には明神に繋がる右岸の道は治山運搬路しかなく、登山道は左岸にしかない。当時は治山運搬路も歩けたのかもしれない。
②屏風のコルを涸沢側に下ってきたところだろう。横尾から回るコースには涸沢を見下ろすような場所はなかったはずだ。
③何日停滞したか、その間の記憶も写真も全くない。
④頓挫して引き返す気分は昔も今も同じだろう。長い長い帰り道だった記憶がかすかにある。それが何年か後、縦走した帰途であったのか、この時のことなのか。またコルを越えて戻ったのか、横尾回りで帰ったのか、特定する記憶も写真もない。※前回の鳳凰から新しいザックにしている。登山品専門店「さかいや」のオリジナルで、その後の登山はすべてこれを使っている。今は使わないが他のザックと一緒にぶらさげている。ここ数年、登山用品はほとんど通販で買っている。以前のように新潟の店まで行かなくなった。通販の中で一番多く買うのは「さかいや」である。雨具は「エントラント」?という材質のものをこの頃買ったらしい。ゴアテックスが出る前の透湿素材。多分この雨具もこのあとずっと使ったが、今は無い。
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