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2019年12月30日 (月)

安久とはならなかった令和元年師走

 トイレに入る都度思うことは、随意に排泄できることの有難さである。今や父は浣腸しないと排便できなくなり、いつも申し訳なさそうに言うのである。父のようになって、生きる自信はない。母のようになって生きる意味を見つけれるとは思えない。
 仕事を終えるとすぐ帰って父に夕食を食べさせなければならないことが、私の生活リズムを一変させた。ランニングの時間が遅くなり、寝るのが遅くなり、机に向かう時間が無くなった。まあ、一変とは書いたが、大した一変ではないかもしれない。睡眠時間が少なくなったので、インテリは10時間は寝ないと、という昔の持論を思い出すだけだ。いつも寝不足だと閃きがない。
 父母とも寝たきりになったこと、精神的環境にその要因の一つがあるとしたら、私のせいでもあろうといつも思っている。
 浣腸しながらいつもなぜか苦笑する。苦笑せざるをえない。
 安楽は無い。せめて後悔の言葉を口にしないで死にたいと思うだけだ。安んぞ久しからずや。
 
 

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