厠の鼠

2015年2月20日 (金)

虎の穴ヘルメット(8日目)

  ヘルメットを塗り替えてスノボー虎の穴8日目に向かった。今年になって一番の天気かもしれない。目の前に真っ白な杁差、その両脇に葡萄鼻と大境。目を転じれば朴坂、高坪山塊。空は確かにこの色だった。小人にはあの色は荷が重過ぎた。凡庸な色が相応しい。お蔭で今日は楽しめた。大きいターン、小さいターンと任意にできるようになって、面白く滑る気分を味わった。もちろん、転ぶことも多いし、急な斜面は滑れないが、だいぶ慣れてきたことは確かだ。
 
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2015年2月15日 (日)

スノボー虎の穴

 リフトからは歩けなかった道が見える。見つけられなかった場所が見える。雪といっしょに溶けてしまうのなら雪の中で死ぬのも悪くはない。ここから見えるもの、全てが師だ。
 スノボー虎の穴入門半月、昨日の転倒もひどかった。ヘルメットがなければ何度も失神し、もしかするとあの雪上バイクに乗せられて、救急車に引き継がれて病院に行ったかもしれない。転び方が下手で、どうしても反射的に手を最初についてしまうから肩も痛い。首も痛い。それでもがむしゃらな練習の成果か、曲がりなりにもショートターンまでできるようになった。シーズン最後には1号リフトの急斜面から滑れるようになりたいと思っていたが、降りるだけならそれもできるようになった。でも、今日できたことが次の日にはできない。それを繰り返して上達するのだろう。
 ところで、ヘルメットを新しく買った。最初に買った最も廉価な物は耳の部分が外れて心もとない。それに、スキースノボー教室で生徒と先生が被るものとメーカーも形も色も全く同じなのだ。生徒と間違われて指導を受けるのは構わないが、先生と間違われて後ろからぞろぞろついてこられると困る。それでまた、一流でそれなりの値段だが、安く売っている物件を探していたら、半額でワックスまで付いているのを見つけた。迷ったのは残っているのが一色しかなくて、つまり売れ残り品のようで、その色が臙脂のような紫のような、とにかく赤系なのだ。でもまあ半額だし、
地味な赤だからと買うことにした。そして翌々日届いた箱を恐る恐る開けてみると、「ええ」と声を上げるような色だった。被ってみるとぴったしで極上の被り心地なのだが、脱いでまたしげしげと見る。これは俗に言うショッキングピンクという色ではなかろうか。女性に見られてナンパされたりしまいか、おかまと思われて噂されたりしまいかと思う。Yに見せると同じような感想で、君がスキーで被るかと勧めると良い返事はしない。別な色を塗ればいいとさえ言う。相当嫌われたようだ。仕方がないので、なるべく目立たないようにシールを何枚か貼ったのが下の写真。そして、勇気を出して被っていった結果、人目を引いているかどうかは不明。ときどき自分で気にはなるが、滑っている時にそんな余裕はない。リフトから眺めて、同じ色のヘルメットを三つ見つけた。ひとつは四、五歳、ひとつは小学生、もうひとつは二十歳くらいか、もちろんいずれも女性である。マスクとゴーグル、しっかりしていることを度々確かめた。心強かったのは男のズボンがいたことだ。あれよりはましだと。(左下のテープは冬山で使う目印。比較のためヘルメットに「ヤマザキ春のパン祭」のシールも貼った。お察しの通り同じ色だ)≫スノボートラの穴門下生として耐えなければならない試練なのか。それにしてもパン祭って、なんで祭を付けるんだろう。みんな疑問なく普通に口にしているようだけれど、祭ってことはないだろうと僕は思う。
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2014年4月11日 (金)

靴下を探す

 この日曜は江浚いで、集落の担当の人から草刈機を持ってくるよう指示があった。草刈機は去年何度か使ったが、使っているうちに止まったり、止まったエンジンをまたかけるのに手間取ったりしてかなり調子が悪いので買うことにした。共同作業で、しかも水路に沿って移動しながらの作業なのに、そんな草刈機では仕事にならない。それから長靴にも確か穴が空いていた。片方に水が入ってきて冷たい思いをした記憶がある。川に入るから、この長靴は農業用の、普通の物より長い、特長とか半長とかいう特別なやつだ。いずれも村上のムサシでなければ売っていない。草刈機を車に積んで、それから長靴を見にいく時にYから電話がかかってきた。今日パルパークで走るなら僕も一緒に走ろうかと来る途中に電話した、その折り返しで、今日は仕事が遅くなったから走らないということだった。Yの会社はムサシの近くなので、カッパ寿司に行くことにして、長靴売場で待ち合わせた。農業用の長靴が見つけられなくて、長めの普通の長靴をあれこれ履いてみている時にYが来て、こういうのしかないと言うと、店員に聞いたのか少し離れた場所に沢山あったのを見つけてくれた。何種類もあるので、いろいろ履いて選んでいるうちに、不図片方の靴下がないことに気付いた。今日は歴史館の史跡巡りで、山道を歩くので、普通の靴下の上にもう一枚、登山用の厚手の靴下も履いていたのだが、その片方が無くなっていた。古くてゴムが伸びきっていたので、どうも長靴を脱ぎ履きしているうちにどこかの長靴の中に入ったままになったようだ。それでYと二人して試着した長靴を調べはじめた。結構何足も履いたのでなかなか見つからない。もしかして最初に履いていた普通の長靴の中かと思って、そっちに戻って捜したりもした。古くてよれよれの靴下をこのまま見つけられないまま諦めれば、それを見つける機会を得る客にしろ店員にしろ、意外だが不快な思いをするのは間違いない。そして最も安直な方法で処分されるだろう。そう思うと、どうしても探さないとならないと思うのだ。長年いろんな山で世話になった靴下だから、そんな処遇が許されて良いわけはない。Yは半笑いで探していたが、私は本気になって掛かった。そして本気になって捜してすぐ靴の中に確かにおいてきぼりにされていた靴下の方っぽを見つけた。
  先般は脱げないで困り、今回は脱げて困った。

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2013年12月24日 (火)

シャツと短パンで

 理想はTシャツ1枚、短パン1枚で年中過ごせる場所。そこが私の桃源郷だ。蚊がいなければ申し分ない。寒くなるとつくづくそんなことを思います。冬の重ね着については以前も書きましたが、下から靴下二枚、下半身はパンツを入れて四枚、これに腹巻一枚、上半身は6枚、ネックウォーマー、帽子もあります。ドームに行って、これだけの物を脱いだり着たりするのですから難儀です。そういう時、私は夏の自分の身軽さを思い出し、その環境に憧れるのです。どこに行っても人間は同じ、私自身も変われるものではない。また、なにかしら重い荷を背負う生活は同じでしょうが、ああせめてシャツと短パンで一年中過ごしたい。

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2013年12月21日 (土)

憧れ

  理想的にはTシャツ1枚、短パン1枚で年中過ごせる場所が良い。そこが私の桃源郷だ。さらに蚊がいなければ申し分ない。
 寒くなるとつくづくそんなことを思います。冬の重ね着については以前も書きましたが、下から靴下二枚、下半身はパンツを入れて四枚、これに腹巻一枚、上半身は6枚、ネックウォーマー、帽子もあります。ドームに行って、これだけの物を脱いだり着たりするのですから、手間が掛かります。その間についつい、夏の自分の身軽さを思い出し、年中夏のように身軽でいられる環境に憧れるのです。どこに行っても人間は同じ、私自身も変われるものではないですし、なにかしら重い荷を背負う生活は同じでしょうが、嗚呼せめてシャツと短パンで一年中過ごせたらと夢想するのです。

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2013年10月 4日 (金)

堕落

 僕も堕落した。仕事が忙しくて、なんて言う。身過ぎ世過ぎ、口を糊するだけの仕事で、忙しいなんて言うようになった。

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2013年9月24日 (火)

スライドショーは今日届けます。

 天気の良かった三連休はずっと家に居た。去年のようにひとり山に行きたかったが、中日に仕事が入っていて、動けなかった。初日はほぼ一日、槍ケ岳山行のスライドショーを作っていた。昼食の支度をするのに階下に降りるのももどかしいくらい一心に、余念なく。小説を書く面白さを久しぶりに思い出したような。そのBGMを探しに「つたや」に夜行く。昔好きだった歌で、CDで持っているのはほとんどなく、ネットでダウンロードすることもうまくいかなかった。休日の夜のつたや、長い時間捜したが、結局ビートルズしか見つけられなかった。「What a fool beleive」も「Alone again」もない。ついでにアクション映画を三本借りた。一年ぶりくらいかもしれない。映画さえ見ない生活。中日は仕事が終わってからドームと堤防をいつもより長く走った。収穫した籾をライスセンターに運ぶ軽トラがあちこちで動いていた。三日目は日帰りでとも思っていたが、家事もあったし夕方には母も戻るので、また一日家にいた。夕方はあっという間にくる。無為に過ごす虚しさ、怖さを払拭するため山に登るのかもしれない。それを無為という私の価値観が問題なのかもしれないが。

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2013年9月18日 (水)

ダボスの丘運動

 これもYに言っておこう。気持ちのいい人と気持ちの悪い人と、楽しく愉快に仕事をするために気持ちの良い人ばかりの中で仕事ができれば仕事も悪くはないのだけれど、気持ちの悪い人がいると仕事も厭になるね。本当なら気持のいい人と、気持ちの悪い人とそれぞれの国を作ってそれぞれの国で人生を送れば、気持ちのいい人が気持ちの悪い人に厭な思いをさせられることもなくて、それは確かに素敵なことだけど、気持ちの悪い人は自分が鈍感でエゴで思いやりもなくて、言葉使いも知らないなんてことにてんで無頓着な人間だから、二つの国に分けても、きっと気持ちのいい人の国に平気で来ちゃうんだよね。もしも僕が閻魔様みたいな門番なら、僕の唯一の取柄は人を見抜く洞察力に長けていることだから、おいおい君、君のことだ、そっちは君の行く国じゃないよ、と言って一発ぽかんと殴りつけてポイとつまんで気持ちの悪い人の国の方へ投げてやるんだけどね。でも仕方ない、僕は優秀な門番になれるけど、そればかりはしていられないし、他にしたいことも沢山あるから、どんどんどんどん気持ちの悪い人が気持ちのいい人の国に来ちゃってこうなったんだ。ああ、僕にコピーロボットがいればね。でもね、僕はこう考えるんだ。気持ちの悪い人は気持ちの悪い人として扱うしかない。大事なのは気持ちの悪い人に気持ち悪くされて、自分まで気持ちの悪い人間にならないことだ。そうして、気持ちの悪い人に気持ち悪くされたら、気持ちのいい人のありがたみが一層分かるわけだから、気持ちのいい人には一層気持ちのいい態度で接することなんだ。そうすると気持ちの悪い人に気持ち悪くされた心が今までよりもずっと温かくなるよ。僕はこの運動をタボスの丘運動と名付けることにする。気持ちのいい人たちだけダボスの丘に登れるというわけだ。終わり

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2013年5月 7日 (火)

宿題

聡明なるMOMA様、ご両人にお聞きします。

交通事故による年間の死者は昨年度4,411名、自殺者は27,858名です。登山人口は600万と云われていますが、一昨年の死者は275名です。マスコミ学は全く知りませんが、何の基準で山の遭難がニュース性を持つのかお聞きします。大体85点位は取れる答案を私は用意していますが、どうも15点が埋まらないのでよろしくお願いいたします。

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2013年3月 1日 (金)

段持ち

 山ばかり見ていられない 石に躓く 目に塵が入る 去年は一月に光兎に登ろうとして 失敗したらそれきり あの雪庇に怖気づいて 今年はそんな気も起きなかった 無意味だと思えばすべて無意味 寂しさを紛らすだけだ そうして誰の生き方にも影響されない母のように横たわる なぜ生きる時間を逆算するのだろう 今日は今日、三十年前の一日と変わらないはずなのに
 施設の水道管が破裂して、夕方になって、そんな連絡が入って、場所がトイレで良かったけど、こういう仕事ならむしろ気楽だとも言えるけど、
 敦井からわざわざ視察に来て、二人とも学芸員で、学芸員と文字の入った自分の名刺を出すのに躊躇した
 そうだ 母が寝たきり七段なら、俺は二十段だな 
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