びっくり熊の話

2009年4月15日 (水)

びっくりぐまの話④どんと来い

 だからこの話は名前の話であるかもしれないし、そうでないかもしれない。

 では、ここでびっくり熊のおさらいをしよう。臆病で繊細、しかしながら優柔不断。これは人間でいうと、常に思案し傷つきながら同じ毎日を送っている。だからびっくり熊もあの事件さえ無かったら、それが幸か不幸かも分からないまま、ずっと死ぬまでこの山にいたのかもしれない。あの事件とはもちろん蝶のリンプンの話ではない。

 

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2009年4月14日 (火)

びっくりぐまの話③本州の黒熊

 聡明な読者であればお分かりだろう。名前はひとつには識別のため、ひとつには祈りによって付けられる。「あしたは山へ行ってくるがら、あさげのままは頼む」「あしたはどごの山だね」「あしたは光兎山だ」。もし光兎山に名前が無かったら困る。

 本州の黒熊も、北海道の茶色熊との区別するための名前。人間は区別することで頭の中を整理し考え安心し、発展してきた。

 ニセアカシアをご存知か。ずっと前、日本にやってきた樹木なのだが、それ以前にあったアカシアという木に似ているのでニセアカシアとなった。ニセアカシアはどう感じているだろう。もう百年以上もニセアカシアと呼ばれているから慣れただろうか。僕の名前は昭男だが、どこかに昭男が既にいるので、ニセ昭男だったら多分ずっと嫌だな。安久ニセ昭男、語呂も悪い。諸君らも自分の名前にニセ、或いは名前のあとにモドキでつけてみてよ。昭男モドキ。モドキの方もかなり嫌だ。多分、ニセ昭男や昭男モドキは「だったら本物の昭男はどこにいてどんなやつなんだ」と旅に出るのが筋なのだ。それが分からないと自分も分からない、そんな気になって。

 それからもうひとつ、名前に込められた意味は祈り。名前を付ける人はその名を持つことになる人の生涯の幸せを祈って、その祈りを名前に込める。漢和辞典で自分の名に付けられた字を探せば色々な意味が出ているが、その中で一番素敵な意味を込めてつけている。ちなみに「昭」の意味にもいくつかあるが、①植物の同定ができる②明日の天気が言える③過去を糧として柵としない④飲み過ぎず、食べ過ぎず。

 祈りとは無関係な生き方をしてきた。

追伸。ニセアカシアの名の由来は不確か。

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2009年2月 5日 (木)

びっくりぐまの話②

Img_1973 「ああ、でっかいくまがいる。あんなくまにちかよったらぼくが百匹いてもすぐ食べられちゃう」

 とたぬきやうさぎやリスは思うだけだ。Img_1974

 そんなわけで森のなかで一番大きいびっくりぐまはいつもひとりぼっち。

 ひとりぼっちでびくびくしていた。

 ある時びっくりぐまはやはりびっくりして目を覚ました。「どどどっと、どどどっと」これは確かに山から水が出た音だ。びっくりぐまは慌てて起きて、起きた拍子に木に頭をぶつけた。すると、はらりと落ちる物がある。薄水色の小さな蝶だ。蝶はびっくりぐまの頭を山と間違えてとまって、木と頭に挟まって死んだのだ。動かなくなった蝶をつまんで

「ああ、おれはもう自分のびっくりにはうんざりした。びっくりのせいでうすっぺらい蝶がますますうすっぺらになってしまった」

くまは手のひらに残ったりんぷんを見ながら思ったのだ。しかし、自分のびっくりにうんざりするのはこれが初めてではない。じつは一週間に十四回、一日二回平均で食欲もなくなるほど打ちのめされていた。だからもしびっくりぐまが自分のびっくりにうんざりしなかったら、小山ぐらいに大きなくまになっていたのだ。そこで、くまはちょうのりんぷんの匂いをかぎながら

「一生びっくりし続けることは不可能だ」と思った。このままではいずれ長くはない寿命、修行にでもなんにでも出てどんと勝負に出てみようか」と考えるのも初めてではない。びっくりぐまは優柔不断でもあったのだ。

 ここで読者に説明しておこう。これは秘密の秘密でもなんでもないが、びっくりぐまをびっくりぐまと呼ぶのはわたしと君らとあといない。これは一般的な名前でない。このくま、どういうわけかみんなのくまの首の下に白い線があって、それでツキノワグマって名前になっている。つまりその線が月に形と色が似ているらしい。だからもしこの白い線がないと、多分「本州の黒熊」みたいな、あまりいかさない名前になっていたと思う。

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2009年1月25日 (日)

びっくりぐまの話①

びっくりぐまはたいへん大きい。山が100集まった山の中では一番大きいくまだ。耳もたいへん大きい。耳が大きいからどんな音でも大きくきこえる。だからはっぱのつゆがじめんに落ちる音にでもびっくりする。からすの声が、火山がばくはつしたようにきこえる。火山のばくはつはこわいに決まっているから、だからびっくりぐまはいつでもびくびくしている。でも、びっくりぐまがいつもびくびくしているなんて、だれもしらない。そばによってみればびくびくしていることはわかるけれど、森一番のくまにはだれもこわがってちかづかないから、びっくりぐまを遠くから見て歌うだけだ。

「生きてることが無駄かどうかは分からないが、たった一つ確かなことは

 びっくりぐまはりっぱだぜ、りっぱすぎるぜ、りっぱだぜ」(歌詞一番の一部)

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