たった今見ていた夢

2015年1月31日 (土)

ヤマエンゴサク

 無数の夢を見ているのだろうが、朝まで覚えているようなものは少ない。眠りを覚まして、容易に眠らせない、暗澹とした思いをさせる夢を書くこともない。
 体育館のような広い会場でなにかイベントの準備をしていて、概ねできた時に、ちょっと不足気味の男が硬式のテニスボールを窓の外に投げた。それは準備の上でなくてはならない物だったので、僕は「取ってこい」と怒って言った。どうも事態が分からないというような顔で僕を見ているので、更に語気を強めて「取ってこい」と怒鳴った。そのボールがどういう風に必要だったのかは覚えていないが、彼は外に走って出ていって、拾ったボールを窓目がけて投げ入れようとする。すると周りの人間もそれを真似てボールを拾って窓目掛けて投げる。本来はひとつのはずなのに色々なボールが沢山散らばっていたのだ。僕はそれを手で受けて取ろうとするがなかなか窓枠には飛んでこない。すると二つに同時にうまい具合に飛んできたのがあったが、取りそこねて二つとも下に落ちていった。僕がキャッチする必要はなく、中に入ってきた物を拾えば良いと気付き、自分が邪魔をしたことを後悔する。場面は進んで、会場をブースごとに仕切るためのカーテンを張っている時、カーテンを吊るしているロープを外している、これもちょっと不足気味の男がいて、これにも同様に大いに怒った。外したロープをこれも外に投げたようなので、「取ってこい」と怒る。窓の外を見ると、さっきとは違って、左に垂直な自然の崖があり、ここを登ってくるのは難しそうだ。その崖は紫に染まっていて、良く見るとヤマエンゴサクがびっしりと咲いているのだった。後で写真を取りに行こう、暗くなる前には準備も終わるだろうと思い、不足気味の男に少し感謝する気持ちになる。
 夢には色が無いと一般的に言われている。色付きの夢を見るのは異常な部分があるとも。でも結構見る。夢に色がないというのはあまり夢を見ない人の根拠のない戯言だろう。でも、好きでも嫌いでもないヤマエンゴサクなのかは不思議だ。唐突過ぎる。

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2014年3月22日 (土)

過去でなく

なぜか決まって国語で、試験時間は少なくなっているのにまだ何問も残っている。焦ると問題文の意味が頭に入らず、さらに焦って時計ばかり気になる。難しいなら仕方ないが、時間があればできるような問題だ。簡単な問題からやろうとするのだが、焦っているので設問の意図も汲み取れなくて更に焦る、そんな夢を見た。良く見る夢だ。浪人時代が長かったせいだろうか。けれども、時間の配分を間違って、簡単な問題に手を付けなかったというような事は実際にはなかったのにと、今朝ふと思った。過去でなく今を反映しているのかと。

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2014年3月 8日 (土)

池に鳥

 家の前の川に(実際には家の前に川は無い)鯉が大小二匹、並んで泳いでいる。家に駆け混んで「池の鯉が逃げた」と言うと、襖紙を母と二人で替えていた父は、半信半疑の様子で池の方に出ていく。それについていくと、池には水面が隠れるくらい沢山の鳥がいて、父は池に入って、その茶色で、鵜くらいの大きさの鳥を捕まえては首をひねって殺して池の傍に投げ上げている。どうやらこの鳥に追われて鯉は逃げたようだ。私も池に入って鳥を捕まえて首をひねると、紙のように抵抗なくひねることができる。そうしてやはり池の傍に投げる。祖父がその鳥の首にスコップのような物を押し当てて息の根を止めている。 夢に出てくる父も母も以前のまま元気だ。今の姿で出てくることはない。

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2014年2月26日 (水)

風呂敷包を背負って

大概の夢はすぐ忘れてしまうのにとKさんは言う。誰でも同じらしい。そして稀に忘れられない、いつまでも覚えている夢がある。高い壁に大きな風呂敷包を背負った人が登っていて、ドスンと落下する。助けに近寄るとYSさんだった。我々山の同好会会長だったが、一昨年滑落して亡くなったひと。「SさんSさん大丈夫ですか」と声を掛けると「いや俺はSさんではない、Tだ」と言って、落下したダメージは一切ない様子。でもやはり浅黒くて二枚目の顔立ちはSさんなので「Sさんですよね」と改めて聞くと、やはり「いや俺はSさんではない、Tだ」と言うのだそうだ。そして、ピューと遁走したとか。

高い壁から落ちるのは、Sさんの事故現場のイメージが惹起したものなのか、あるいは半年前から始めたクライミングのせいだろうか。「それは確かにYSさんだったのか」と聞くと、どう見たってYSさんだったとKさんは言う。

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2013年11月 7日 (木)

長期登山者

 昨日の夢をまだ覚えている。川の袂に沢山の人が休んでいて、私は登山者だ。傍にいる人たちは長期山行の途中で、その話を面白くまた羨ましく私は聞いている。目の前には、杁差が聳えている。
 対岸に降り積もった雪が大きな塊となって、まるで氷山のように流れてきて、こちら側にあった車が潰される。誰かがケガをして運ばれていく。私はYを抱えて、まるで子供のように彼女を片手で抱えて逃げて、また戻ってAKも抱えて岸の上に逃げる。それから金属製の櫓のような所に上ると波が足元まで押し寄せてくる。

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2013年10月23日 (水)

マラソンマン

 今のことなのか、あるいは新潟にいた頃のような困窮した時代のことなのか分からないが、デパートで一階にスーツ姿で僕はいて、人を待っているわけでもなく、これからの予定もなく、そんな状況のようで、ふと目の前の店の背広を見ているうちに欲しくなり、二万円少しだったろうか、ズボンは六千円。財布の中身は見なかったが、二万円しかなく、買えるわけもないのだが、寄ってきた店員に背広とズボンを渡しながら、今手持ちが二万円しかなく、足りない分は後で持ってくるがいいかと聞くと、ちょっと頭を傾げてからいいと言う。包装のために店の中に店員が入っていった時、飾ってある同じ商品に陽が当たって、思いの外明るい色で、模様も入っているのが分かって、これは着れないなあと思う。貯金があるわけでもなし、なけなしの二万円であるとも思うと、追いつめられた気持ちが高まり、このまま逃げることにして、デパートの店内を走って外に出る。とにかく少しでも遠くへ少しでも速くと必死で走る。ここで走れなかったら日頃の練習の意味がないとさえ思う。
 デパートは池袋の東武デパートのようだ。走り出たのは東口だろう。精神的には大学の最終年かもしれない。知っている連中は卒業し、ずっと会っていた人には会わなくなった時代。あるいはやはり新潟の頃かも。今だとも言えるけれど。ここで走れなければ日頃の練習の意味がない、と思うのは滑稽だがリアルだ。走って逃げるような状況になれば現実でも必ず思うだろう。そのために走っているわけではないのに。ダスティン・ホフマンの「マラソンマン」を思い出す。殺し屋に追われて夜の公園を走る場面。

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2013年10月21日 (月)

正しくない時計はいくつあっても役に立たない

  腕時計を同じ腕に大小二つしていて、時間を気にしている。小さい方は八時前で、もうひとつは八時半近い。高校の始業時間は八時半、駅前のような賑やかな繁華街を急ぎ足で歩いているが、どちらの時間が本当なのか、それも分からないから、真剣に急げない。ふとすれ違う人の時計が目に入って、八時十五分くらいだったような、少し安心して校舎に向かう。学校特有の広い階段を登りながら、三年生は何階だったかと下級生と思われる生徒に聞く。結局四階まで行って教室に入ると、まだ授業は始まってなくて、特別な授業なのか、机がグループ分けしてある。僕の机の上には、冷凍した物を自然解凍したような、ラップに包んだご飯が置いてあって、なにか料理でもするらしい。
  学校は村上高校だ。記憶とはかなり違うが、共通点もあるし、本人はそう思って動いている。母校を訪ねるというような気持ちでなくて、完全に高校三年生であった。腕時計二つ、上の方は小さい女性用、下の方は男性用。夢ならではだ。実際の高校、高校時代にどんな愛着、思い入れもないが、夢の中では回りの人が遅くなった僕を随分心配してくれて、とても良い雰囲気だった。こういう感じなら卒業して別れ離れになる際は泣いてしまうのかと目覚めて思う。

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2013年8月17日 (土)

切符がないとう不安

 良く見る、と言えば語弊がある。何ヶ月かに一度見る、というわけでなく、何回も見たことがある夢。切符をなかなか買えないでいるうちに電車が来てしまう夢。多分パターンは二つで、ひとつは自販機の場所が分からないケース、自販機を探してうろうろするうちゴーと電車がホームに入ってくる音がする、みたいな。もうひとつは今朝の夢のような、行き先までの料金が分からない。あちこち掲示を見るが、焦っているために見つけられず、今朝は大きな声で「○○まではいくらですか」と周りの人に聞いていた。誰も応えてくれる人はいないので、適当に買って後で精算すればいいと思ったが、間に合ったかどうかは定かでない。
 ここは私のいる場所でなく、目的地までの切符もなく、料金も分からない。そんな気持ちだろうか。

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2013年7月30日 (火)

コッペパンを探す

 パン食になった父のために二日に一度はコンビニでジャム&マーガリンのコッペパンを探すのが習慣になった。それで、こんな夢を見た。
 コンビニでもないスーパーでもない、ちょっと広めの食料品でコッペパンを探している。パンはあるが、手に取るとジャム&マーガリンのコッペパンでなく、ただの菓子パンばかり。入口近くに段ボールに入ったパンを見つけたが、そこにもない。仕方なく、その中から選ぼうとしている時に、誰かが近付いてきて「お父さんは今日帰れないようだ」と告げる。帰る日だけ楽しみにしているはずなのに容態が悪いのかと、店の裏の土間のような暗い通路を歩いていって突きあたりの戸を開けると、広い部屋に大きなテーブルを囲んで沢山の老人が食事をしている。手前の二人目が父で、何か私に言おうとしている。手前の人に覆い被さるようにして父の口元に耳を寄せると「薬掛けしねばねえ」と言う。昨日施設に行く前も変なことを言っていたが、とうとう呆けたか思い、父の肩を抱いて私は泣く。そこで目が覚めた。目が覚めて、体は衰えても頭だけは達者であることをつくづく有難く思った。夢の中では母の状況に父が被さっていた。父はまだ施設には入っていない。でもいずれそういうことになれば、家に戻る日を母同様心待ちにするだろう。薬掛けというのは水稲に撒く薬のこと。一人が機械を担ぎ、そこから伸びる長いビニールのホースの先端をもう一人が持って、一枚の田を挟んで歩く。ホースには穴が空いていて、そこから粉末の薬が出てくる。父と母と、時には私も。

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2013年5月22日 (水)

登山靴

 僕はただ 生きていることを 伝えるだけだ 生きていることは以前にも書いたが サルトリイバラにスウェターで 密藪をセーターで登ることだ 記憶とか希望とか絆とか いろんなものにがんじがらめになって 右手を外せば左手が引っ掛かるような 観念して上を向いても空は見えない どこにいるのかは分からないが 生きていることを古い友達に伝えるためだけにこうして毎日駄文を書くのだ 
 たった今見ていた夢 僕はガードマンで、小さな四角いコンクリートの建物の中にいて、そこには大きな四角い機械が入っているので通路はとても狭いのだが、点検に来た業者二人組にどういう所を点検しているのか教えてほしいと頼む 快く彼等は承知して点検しながら説明を始めたが 彼等の驚きの声からしてそれは珍しい不備のようで 何かが欠損しているらしく、それを修理しようとして ガスバーナーのようなものを使い始める すると傍の消火器のようなものに引火する 二人のうち 補助的な役目をしている男がそれを外に放り出すと、主たる仕事をしているリーダーらしい男があっ、やめろと言うけれども間に合わず 外で更に勢いよく燃える そして爆発する 結果的に補助的な男の判断が正しかったわけだけれど 二人の間に そんな会話はない 寝転がって足を前にやって その足で燃え盛るものから来る熱を避けようとしていたので 爆発した時に靴の裏に火が付いてしまって 慌てて立ちあがって地団駄を踏むようにして火を消すが、靴の裏は少し溶けて柔らかくなってしまう 外を通りかかった十人位の団体が燃えて爆発したものを囲んで見ていたが それは靴に替わっていて その靴の中の水が沸騰している 僕の焼けた靴はスカルパだ こっちに戻ってきて買った二足目の靴 もうだいぶ底が減っているので そして防水力も落ちているので 長期の山行には履けないけれど ぴったりなので大事にしている もう二度も靴底を張り替えたので 今度張り替えようとしても 靴そのものが傷んでいるので もう無理かなと思っている 靴は七八足になった 東京にいる時に買った重登山靴ももう決して履かないけれど捨てない 僕と荷物を支えてくれた靴だし いろんな山に一緒に行った靴だし 捨てられない だから少しずつ増えていく だから夢の中でスカルパの靴の底が燃えても 捨てようとは思わなかった  

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