苦しいだけのようでいて、なぜ登るのか。それを確かめに、また山に行く。(カモ・シレーヌ 仏/作家)
残雪期とはいえ、夏道を知らない山を歩くことの難しさを痛感した山行だった。特に大倉新道を戻った最終日は、熊の影に怯えながらの道探し。道標となるテープや踏跡の有難さ、そして地図を正確に読むことの大切さも良く分かった。道標を見失い、踏跡に惑わされて早く尾根に登りついてしまったが、なんとか縦走路に合流。雪解け水の渡渉も冷たかったが、辿り着いて眺めれば懐かしいような山々の姿に変わる。